Tunaboni CollectionsはオリジナルドラマCDのレーベルです。
「心をきみに奪われている」発売記念アフターショートストーリー
昨夜、彼の部屋にお泊りをした。
カーテンの隙間が作る光の帯が彼の身体に落ちている。
恋人となって初めて迎える休日の朝。
「アイシテル」と格闘して疲れ果てた彼はまだすやすやと眠っている。
「ん……」
彼がごろりと動いた拍子に帯は形を変えた。
「おはよ」
「……おはよ。ずっと見てたでしょ……眼力(めぢから)が刺さったもん……」
身体を起こした彼の髪が寝癖でピョコンとはねている。可愛い。
刺してないよと口では言いながら、そのピョコンから目が離せない。うん、刺してるね。
「……天気、よさそう?」
「すごくいいよ。カーテン開けよっか」
ベッドヘッドの上に手を伸ばしカーテンを開くと光の帯は消え失せ、部屋中に日差しが溢れた。
「うわ。マジでいい天気だな。……出かける?」
「まず『アイシテル』と戦うんじゃなかったっけ?」
「っ!………覚えてたんだ………あい、し、てる…………あー……まだハズい……」
「ふふ」
「……ねぇ。結構エスっ気あるでしょ」
「ううん。言われたことないよ」
「じゃ、俺限定?」
「……かも」
「……やっぱイジメっ子だった」と言うなり押し倒される。
唇に軽くキスしてくれたので今日はここまでにしてあげよう。
身支度を一緒に整えながら朝ごはん(もう昼近いけど)をどうするかという話になった。
「モーニングを食べに行かない?名古屋発祥のカフェが近所にあるんだ」
外食が好きな彼。美味しいものが好きなのは別にいいと思う。でもエンゲル係数が高すぎる気がする。
健康にもよくなさそうだし、ナカガワラアツシ、いろいろすっぽ抜けてる。
「……私が何か作ってもいいよ」
「えっ」
「そんなに上手じゃないけど。まぁまぁ食べられるんじゃないかな」
「………でも、食材が……」
「じゃあ食材を買いに行こう。スーパーはもう開いてるよね」
すると、どういうわけかじわじわと彼の顔が赤らんでいく。
「?どうしたの」
「……いや……あのう……実は……食器も調理道具もない……」
「え?……包丁くらいあるでしょ?」
「無いよ」
「フライパン」
「無い」
「……お皿は?」
「それは1枚ある。会社の創業記念で社員全員がもらったヤツ」
「……」
元カノたちは何やってたの?と憤慨する気持ちがちらりとよぎったが、彼がやんわり拒絶したのかも、と思い直す。
イロコイと食事は混ぜないと言っていたから。
身体を重ねる人と仲を深めたくなくて手料理を拒んだことが容易に想像できてしまった。
涼しげな顔で「そんなことしなくていーよ。外に食べに行こう」と彼女の背中を押して部屋を出ていく姿が浮かんでくる。
……あ、ちょっと妬ける。
いやいや、妬かなくていいんだった。
なんせ彼はレンアイ初心者なんだから。
「なんとかするからスーパーに連れてってくれる?」
「?道具がなくてもできるの?」
「無いなりに考えてみるよ。行こう」
大型スーパーへ車を走らせている間、何を作るか頭を悩ませた。
調理道具なし。あるのは皿が一枚。高いハードルだなぁ。ナカガワラアツシめ。
お腹が空いているのを我慢させるのは可哀想だから時短で作れるものじゃないと。
とにかく外食・買い食を食事のすべてにさせたくない。
あんな過去を知ってしまったから。
スーパーに到着後、カゴの中に小さいまな板と万能包丁とラップを放り込んだ。
「へー、このスーパーって包丁も売ってたんだ」
興味津々でカゴの中を覗き込む様子がなんだか可愛い。
そして、必要最低限の食材を揃えて帰宅した。
使われたことが無さそうなキッチンの調理スペースに買ってきたものを並べる。
さあ超時短で作るぞ!
「仕事をもらえてキッチンが嬉しがってるよ」
そう言いながら青ネギを刻む私の後ろで、彼は右往左往している。
「……とうとうこの地の封印が解かれた……そうか。きみは勇者だったんだな」
「ぷっ(笑)勇者って」
「っていうか、俺も何かやりたいんだけど」
「じゃあ、そこにあるパックのご飯をチンしてくれる?やり方は表面に書いてあるから」
「了解」
私の方はというと、青ネギと大葉を刻んだものをラップに広げて揚げ玉と一緒にめんつゆであえておく。
その後、レンチンしたご飯をラップの上の具材と混ぜ合わせたら、握って適当な大きさに成形する。
海苔を巻くのはお好みで。
「……どこかで似たようなものを見たことがあるぞ」
「そう。アレだよ」
「家でも作れるんだ!?」
「うん。簡単だったでしょ」
「一個食べていい?」
「ダメー。ちゃんと座って食べよう」
駄目って言われてなんで嬉しそうなのよ。ナカガワラアツシめ。
自動車雑誌をテーブル代わりにし、おにぎりを載せた例の皿を置く。ペットボトルのお茶で乾杯。
「はぁ!?ウマすぎるんだけど!?」
一口食べて叫ぶ彼。
「お腹ぺこぺこだからだよ」
「……こんなのが家で作れるんだ。すっげぇなー」
「……あの。言っておくけど、私、そこまで料理上手じゃないからね。このおにぎりは下手に作る方が難しいの」
「いや、マジで旨いよ、フォアグラより断然旨い」
「まさか(笑)」
「……また作ってくれる?」
あたりまえでしょ、と軽くおでこを小突いてやった。イジメっ子らしく。
ご飯を食べ終わったら彼をホームセンターに誘おうかな。
涼しくなってきたからカセットコンロと土鍋を買ってお鍋をしよう(お鍋は料理の腕前も問われない!)
ぐつぐつ煮立った湯気の向こうで笑っている彼を見てみたい。
ちょっと待って。
鍋を囲むなら器やちゃんとしたテーブルも必要になるね。
私専用のマグカップも欲しいな。フライパンも買いたい。レードルもフライ返しも。
これは大仕事になるぞ。
「……ふっふっ。あのお金が役に立つ時がきたわ」
「ん?」
でも、一つだけ引っかかることがある。
「ねぇ、あの車ってたくさん荷物を運べないよね」
「?うん、ちょっと難しいね。2人乗りだから」
「……そうか……」
「何か運びたいなら車を借りようか。ワゴンでも軽トラでも伝手はいっぱいあるよ」
「ホント?じゃ次のデートの時に借りてもらっていい?」
「いいけど。何をするの?」
「えー、教えてあげなーい」
「あ、また俺をいじめようとしてるな?……じゃあ、もひとつもーらおっと」
そんなことを言いながら3つ目のおにぎりに手を伸ばす彼。
(お腹がいっぱいになったらその辺をお散歩してもいいね。淳はドライブの方がいいのかな)
(ローテーブルと椅子付きのテーブル、どっちならここに置いてもいい?)
(鍋もので好きな具材はある?スープは何味が好き?)
(次の「アイシテル」が楽しみで仕方ないよ)
言いたいことや聞きたいことが次々と浮かんできて止まらなくなってきた。
美味しそうにご飯をほおばる淳を見ながら、今の私は何から話そうか迷っている。
(了)