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【知らない彼】

恋する編集者シリーズ第5弾「つよがり。」アフターショートストーリー




焼津の漁港に取材に来てお土産にマグロをいただいた。
同行のカメラマン松尾さんと分け合おうとしたが「俺、魚苦手なんだよね」と拒否される。
帰りの車の中で美紀彦に「マグロもらったけどお刺身食べる?」とラインをするが、中々既読がつかない。
当然だ。多忙な彼はプライベート用のスマホを見ている暇などないもの。

何度もスマホを確認していたせいで「連絡待ち? 彼氏?」と運転中の松尾さんにニヤニヤされる。
「違、」と言いかけ「……そうです」と応え直したら、「顔が真っ赤だ」とますますからかわれてしまった。

帰宅後シャワーを浴びてバスルームから出ると、テーブルの上のスマホのライトが点灯していた。
「食べる。今晩行く」との短いレスポンス。情報はこれだけ。
彼の来訪が何時になるのか読めないのはいつものことだ。
「待ってるね」と送り返す。

さてこうしてはいられない。
解凍方法の書かれた紙とにらめっこし、どうにか美味しそうに見えるようにマグロを切り分けた。
あとは何にしよう? 野菜の煮物かな。里芋があったはず。

煮物を仕上げてかき卵汁を作りかけた時にチャイムが鳴った。
「お、いい匂い。煮っころがし?」
ドアを後ろ手に閉めた美紀彦が「これ飲もう」と地酒を差し出してくる。
「マグロにはやっぱり日本酒だよな。女将さん、一本つけてくれよ」
笑いながら地酒を受け取り台所に立った。

二人で食べるには多すぎるかと思われた刺し身もあらかた片付いた。
「ご馳走さまでした。刺し身も美味かったけど煮っころがしが絶品だったな」
彼が満足そうにため息をつく。作ってよかった。
その後、お茶を飲みながら今日の取材の話をしていると、だんだん美紀彦が不機嫌になってきた。
……何が気に入らないのかな。

「美紀彦?」
「……松尾とおまえっていつもペアなの?」
「?……あそこの雑誌じゃわりと多い方かも」
「ふーん、そうなんだ」
器用に片眉だけを上げうろんげに私を見る。

「……ったく。今まで『松尾さんがどうしたこうした』って何度聞かされたことか。
我慢してたけど、もうこれも解禁でいいよな? そいつの話はもう、す、る、な」
と、人差し指で私の口をリズミカルに叩く。
「俺がヤキモチも焼かないような男だと思ってた? 認識不足だね」

「でも松尾さんとはそういうんじゃ」
押し倒され、弁解しかけた唇をいきなりふさがれた。
容赦なく口内をかき回す熱い舌。その熱さに酔ってしまう。
「聞かないよ」
そう言い捨てると、私の唇の端を軽く噛んだ。
彼の荒い息が耳元に降るだけで背筋を微弱な電流が走る。
首筋に落とされるキスに身体の力が抜ける。

「髪、いい匂いがする……シャワー浴びた?」
「……みき、ひこ、……もう、」
「わかってる。ほら、肩につかまれ」

抱きかかえられた、と思う間もなくベッドに落とされた。
「ひどい」
「ひどいのはどっち。ようやく恋人に戻った女から、他の男の話を聞かされる身にもなってみろよ」
ズボンのベルトを外してのしかかってくる。
「……怒ってるの?」
「んーわりとな」
すねてる。こんな彼を見るのは初めてだった。十年近くもそばに居てまだ知らない彼がいるなんて。

「今夜は寝かさないから。覚悟しとけ」
不敵な笑みで宣言し、私の服をはぎ取っていく。
……はい。覚悟、します。


(了)