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恋する編集者シリーズ第2弾「手ほどき。」アフターショートストーリー
玄関ドアが開くと同時に「お」という声がした。
杉原さん、もとい、亮司さんはきょろきょろと周りを見回している。
「壁紙、張り替えたんですね」
……敬語だ。
つまり今の彼は仕事モードということ。
「ええ、ちょっと気分を変えたくて。……杉原さん、仕事部屋にどうぞ」
彼の会社サイレント出版は今忙しいようで、彼が以前のように打ち合わせに来ることは少なくなった。
デジタルで入稿できる時代だし、大抵のことはメールでやりとりできる。
私達がわりあい密な時間を過ごしていたのは……まぁあれがあったからで。
今日はファンレターを持ってきてくれたのだが、彼が模様替えをどう思うのか楽しみにしていた。
「仕事部屋の壁紙もいいですね。しっとりしていて落ち着く」
「ええ。フィトンチット、だったかな。森林の成分が含まれてるらしいです。落ち着くのはそのせいかも」
「なるほど、仕事の能率があがりそうですね」
そう言いながら、彼はコネクトルームになっている隣の寝室へのドアノブに手をかけた。
「あ!」という私の声に彼が振り向いた。
「寝室に何か問題でも?」
少し悪い顔で笑う。止める間もなく彼はドアを開けてしまい、私もあわてて後を追った。
「ほう……これは」
実は一番頭を悩ませたのがここだった。
彼が好きな紺や青系統のカラーで、壁紙だけでなくカーテンやベッド周りのリネン類もまとめてみた。
今までは少女趣味すぎて、大人な彼の好みとはかけ離れている気がしていたのだ。
……気に入ってくれるだろうか。
彼はゆっくりと部屋を巡回してベッド脇に立った。
「藍色のシーツ、ね。……ちょっと失礼」
言うやいなや私は抱え込まれ、ベッドに仰向かされる。
「藍色は日本人の肌色に合うって言うよね」
私の服のボタンを外しながら彼は続けた。
「本当だ。白い肌によく映える……視覚的にコントラストがすごくいい。このシーツ、好きだな」
胸をまさぐられ吐息まじりで彼を呼んだ。
「……すぎはらさん」
「亮司、だろ?」
眼鏡を外しヘッドレストに置く、彼の手の一連の動作。
見慣れたはずなのにその綺麗な手から目が離せない。
たぶんこの手は今から私をめちゃくちゃにする。
ほら。やっぱり―
『一度好きになると執着するタチなんだよ』
全てが終わった後の彼の言葉はうつろにしか覚えていないのだけど。
(あれってシーツのことだよね?)
翌日、洗濯機の中で回るシーツを眺めながら、その言葉の意味を考えた。
(気に入ってくれてよかったな。替えをもう少し買い足そう)
私はシーツを追加オーダーするためにPCのある部屋に移動した。
(了)