Tunaboni CollectionsはオリジナルドラマCDのレーベルです。

【バニラとピカン、そしてKiss】

In the room-イン・ザ・ルーム-」クリスマスショートストーリー




人生最良の12月だ。
先日僕は彼女にプロポーズをしてOKをもらって以来、「宇宙一幸せな男」になったにも関わらず、実は悩んでいる。
クリスマス・イヴのデートプランが決まらない!

なんせこれ以上無いほどのベタなプロポーズをした(と思っている)
この見てくれといかにもな職業のせいで気障っぽく見られがちなので、むしろそのテイストに乗っかってやれな気分でいたわけで。
だが、これからは長い人生を共に過ごすわけだし、素のままの気取らないデートでいいんじゃないか、いやいや、クリスマスだぞ、女の子をガッカリさせるのはどうなんだ、と逡巡の時間が続いた。

僕よりも彼女との付き合いの長い姉に相談すると、
「は?プロポーズしてOKもらってその段階?何やってるの?純情な高校生か!」
と一蹴されたので、もうこの人はアテにしないことにした。

こうなったらもう本人にどこに行きたいか直接聞いてしまおうかな。
スマホの画面を開き、メールを打とうとした瞬間、当の本人からメールが届いた。
『親戚からカニをもらったので、うちのコタツで鍋パーティをしませんか?父がすごく酔っ払ったらごめんなさいですけど』
続けて『よかったらお姉さんもご一緒に』の一文。

!?
そうだ。そうだよ。
ご両親にもご挨拶をしようと思っていた(年明けくらいに)それが早まるだけだ。
彼女の配慮に感謝する。気楽な雰囲気を作ってくれようとしてくれてる。
さすが、僕がベタ惚れてしまっただけのことはある。快諾の返事とついでに姉にも都合を聞いておくと返信した。
再度姉にお招きの件で連絡をする。
「鍋パになったの?なるほど。誠二の結婚報告のご挨拶を見たいけど、ごめん、笑っちゃうかもしれないから私は遠慮しとく」
……うん、もうこの人は放っておこう。

そして当日。
日本酒好きなお父さんのために「臥龍梅」、果物好きなお母さんのために「キルフェボンのタルト」を携え、彼女の家を訪問した。
玄関に立った僕を見ていきなり彼女はこう言った。
-誠二さん、靴下脱いじゃっていいよ。家の中で履いてるの嫌いなんだよね?
背後に立つお母さんにも「そうそう」と促され、僕は結婚の報告を靴下ナシで行うという暴挙をやってのけることになった。

『いや~うちの娘から結婚を迫ったみたいで。いやいや、申し訳ない。いいんですか、こんな娘で』
ひっきりなしに頭を掻いている目の前の中年男性にとても好感を持った。
『いやいや、とんでもない。娘さんじゃなきゃ駄目なんです、ええ、ホントに。……必ず幸せにしますので娘さんをください』
もっと真面目に返答しようとしたのだが、僕までそんなノリになってしまい。
(途中気が付き、裸足で正座し直したが、あれでいくらか誠意は伝わっただろうか?)
お母さんが『母娘で同じことするものねぇ……実はね。私もお父さんにプロポーズしたのよ』と自分の伴侶にまなざしを向けた。
照れ笑いをするご両親に僕は心から頭を下げたのだった。



-ごめんね、やっぱり酔っ払っちゃった。うちの父、いつもああなの
「ううん。楽しいお父さんでいいよ。ああいうタイプ好きだな」
きみの家から駅までの道、白い息を吐きながらも僕たちはとても温かい気持ちに満ちていた。

コンビニの明かりが凍てついた道を明るく照らしている。
きみからもらった手袋をした僕は、自分のコートのポケットの中にきみの手を握り込んだまま、視線を追う。
「ジェラート、食べたいんじゃない?」
コンビニから視線を移したきみは(わかっちゃった?)と言わんばかりに僕を見る。
「だってきみが一番好きなスイーツだから」
好きな飲物はオレンジを浮かべたアイスティ。
子供の頃からキラキラしたものが好きで、だから宝石の鑑定士になった。

バニラとピカンのジェラートを買って、ふたりで近くの公園のベンチに座る。
「寒いね」と言いながらも鍋でポカポカになった身体にはその氷菓は喉に心地よかった。
「じゃ、お約束で。はいどうぞ」
途中でジェラートを交換するのは、あのヨーロッパの街でデートをした頃から僕たちのルールになった。

幸せそうにピカンのジェラートを口に運ぶきみが愛おしい。
その表情を見ながらこれからの僕たちのことを考えた。
きっとこれからもふたりで作るルールは増えていくだろう。きみのご両親がそうしてきたように。

「あれ。ピカン、全部食べちゃったの?」
-あ!ホントだ、ごめんうっかりしちゃった
慌てたきみが可愛くて、どうしようもなく胸が詰まってくる。
「大丈夫。今から取り返すから」
笑った僕が肩に手を回すと、きみはその意図を察してくれて、そっとまぶたを閉じた。


(了)