Tunaboni CollectionsはオリジナルドラマCDのレーベルです。
「mariage-マリアージュVol.3-月村海編」発売記念ショートストーリー
夏休みのある日。
「カイ、いい加減に机の中を片付けなさい!引っ越しのトラックが来るの今度の日曜なのよ?」
台所にはポッキンアイスを取りに来ただけなのに、いきなりかーちゃんに怒られた。
でも俺もちょっとは悪い。
一週間ほど前に『持っていくものをここに入れて』と渡された段ボール箱に未だに何も入れていないんだから。
「あとでやる。今はアイスを食わせてください」
「丁寧に言っても駄目。アイスは片付けのあと!」
「……ふぁーい」
かーちゃんの頭の上にツノのようなものがにょきにょき生えてきたので、俺はアイスを諦めて片付けをすることにした。
部屋に戻り机の引き出しやランドセルやバッグに入っていたものを全部床の上に並べてみる。
文房具、絵の具、書道の道具、鍵盤ハモニカ、リコーダーはガチで要るよね。新しい学校でも使うはず。
その他のもの……俺にとって大事なものはどれだろう?
・4年2組のみんなに書いてもらった寄せ書き→絶対に持っていく
・去年の夏休みに作ったピカピカ泥団子→割れると困るから手で持っていく
・物心ついた頃から集めているセミの抜け殻→持って行きたいけど『捨てろ』って言われてる……どうしよっかなー
・6月の運動会の組別リレーで優勝した時のミニ賞状→絶対に絶対に持っていく
・○文式の宿題だった手付かずの計算プリント→ぎゃっ!?……ヤバイものを発掘してしまった。すぐに捨てなければ!
要るものをダンボール箱に、要らないものをゴミ袋に仕分けしていく。
「あ……こんなの出てきた」
薄いビニール袋に入っていたのは、去年の冬の子ども会で撮ってもらった写真だった。
冬の子ども会はクリスマス会を兼ねている子ども会行事だ。
内容は映画鑑賞会の時もあればボーリング大会の時もあったが、この時は「スライム作り」だった。
(スライムはふにゃふにゃでろでろで作るのも触るのも楽しい。あれ?あの時作ったスライムってどうしたっけ?)
ビニールから取り出した2枚のそれは全体の集合写真とスナップ写真で、俺の目はスナップの方に釘付けになる。
3年生だった俺はでろ~んと伸びたスライムを持って笑っていた。
後ろに偶然写り込んでいるのはあの頃の登校班のリーダーだ。
俺はこの女子を「おんちゃん」と呼んでいた。
新入生でかーちゃんに連れられて初めて集合場所に行った春の朝。
登校班には何人かの年上の女子がいて、うちのかーちゃんはその女子たちに『お姉ちゃんたち、海をよろしくね』と挨拶を始めた。
その中で「おんちゃん」だけが「はい」とハッキリ返事をした。
なので幼い俺は「俺によろしくされてもいい人」=「お姉ちゃん」と覚えた。
おねえちゃん→おねちゃん→おんちゃん、と変えていった呼び方は、この人にしか使わなかった。
そして、その後の俺はちゃんとした名前を覚えてもやっぱりこの人を「おんちゃん」と呼んだ。
やさしくて大好きだったけど今はもう卒業してしまったおんちゃん。
それに俺ももうすぐこの町から引っ越してしまう。
かーちゃんは近いうちにお世話になった町内の家に引っ越しの挨拶に行くらしい。
おんちゃんちのお花屋さんにも行くみたいだ。
俺もお別れをしに行くのかな?
でも何て言えばいいのかわからない。
この写真はどこに入れとけばいいんだろ。
俺はそんなこともわからない。
パンパンに詰め込んだダンボール箱を部屋の隅に移して、台所に報告に行った。
「終わった。かーちゃん、これが出てきたんだけど」
写真を見せると「あ、去年の子ども会のね。もらっとく」と言って、エプロンのポケットに入れてしまった。
「何で?欲しいの?」
「そりゃー我が子の写真だもの。台所の片付け済んだらあとでゆっくり眺めようっと」
「……ふうん」
冷凍庫から取り出したアイスをポッキンし、かーちゃんと分け合う。
その冷たさ甘さを味わいながら考えた。
(つまり……写真はかーちゃんのものになっちゃったワケ?)
(……?)
(…………なんで!?)
モヤモヤする。何でだろう、モヤモヤする!
「顔しかめてる……虫歯だな。引っ越したらすぐに新しい歯医者を探さなきゃ」
アイスをちゅーちゅーしたまま俺が眉間にシワを寄せているので、かーちゃんは勘違いしたみたいだ。
「……ちがう。歯なんか痛くない」
痛いのは……歯じゃない。
「すごく痛むなら仮詰めしに行くけど」
「……ちがうっつーの!うっさいよ」
なおも不機嫌な俺に『反抗期ですかー?』と嬉しげに詰め寄ってきたかーちゃん。
あーもう、すっごくウ・ザ・イ!
なので俺は(セミの抜け殻はやっぱり全部持っていってやる)と心に誓ったのだった。
(了)