Tunaboni CollectionsはオリジナルドラマCDのレーベルです。

【晴天】

KIRA・KIRAアソート2発売記念ショートストーリー




カーテンを開ける音がして、朝の光が差した。
だが、いつもとちがうのは差し込んできた方角と光量だ。
なんだ、このまばゆさは。光のシャワーを浴びているみたいだ。
しかもそばに誰かいる……ちっこいのが。
「パパー、りゅーせーさんおきたー」
……小さいCEOじゃん……へぇ……美形って小さい時から美形なんだ。
……あ?

瞬時に俺は状況を理解した。
(ここ、CEOの家だ……!)
「起きたの?おはよう」
「あ……おはようございます」
CEOがもうひとりの【小さいCEO】(たぶんこっちは女子)と手をつなぎながら近づいてきた。

「気分はどう?」
「大丈夫です……俺、泊まったんですね……なんて図々しいことを……」
「ううん、俺が飲ませすぎてしまったんだ。ひとりで帰らせるのは危険だと判断した。勝手してすまなかったね」
「とんでもないです……ご迷惑をおかけしてすみません」
傍らのちびCEOその1は、さっきから俺の顔をずっと凝視している。
美形の目線はこんな小さいサイズでも結構な圧があって落ち着かない。
どうしたもんか、と曖昧にへらへら笑いかけてやると、輝く笑顔になった。

「いっしょにあそぼ」
「………え……?」
「いっちょにあちょぼ」
ちびCEOその2も即座に呼応する。
「……あはは……」
大きいCEOはノンノン、というように指を振った。
「残念だけど、流星さんにはきみたちと遊べるパワーが今は無いよ。ふたりで子ども部屋で遊んでおいで」
ちびCEOズはおとなしく父親の言いつけに従い、去っていった。

「……あの、俺、帰りますね」
「朝食くらい食べていきなさい。空きっ腹が続くと二日酔いは回復しない。きみ、夕べほとんど食べてなかったよ」
「いやあ、でも」
CEOは「レトルトのおかゆがある。あれなら胃に優しいから」とキッチンにはけていった。
……これなんだよな、この人の有無を言わせぬ強引さ。
でも、好意に裏打ちされているのがわかるから拒めない。

待っている間、俺はぐるりと部屋を見渡した。
リビングは二十畳くらいの広さがありどこもかしこもピカピカだった。
窓からの眺望ははるか彼方まで青空が続いている。
……多分ここってタワマンだよな。
俺が寝ていたこのソファもお高いものに違いなく……やばい。よだれ垂らしたりして。

慌ててソファのチェックをしている俺に気がついたのか、CEOはテーブルに丼を置きながらながら言った。
「すまない。客間を用意しようとしたんだが、眠りこんだからそのままにした。寝心地が悪かっただろう」
「いいえ、全然そんなことは。……あの、そういえば奥様は……?」
「ああ、マンションの管理組合の会合とやらに出かけたようだ。家のことは任せきりでよくわからない(笑)」
はにかんでいる姿にこの人の家庭人としての一面が見て取れた。

おかゆは二日酔いの胃をじんわりと温めてくれた。
「おかゆ、美味かったです。CEOの家にもレトルトなんてあるんですね」
言ってから不躾だったか、と気づく。
いや、俺のこのズケズケ言う性質もこの人にはバレてるな。今さらだ。
「そりゃああるよ。子どもがいるからね。突然風邪をひいたり腹を壊したりするから備えが必要になる」
「……なるほど」

CEOは優雅に足を組み替える。
「独りでいた頃は勿論こんなものは無かった……でもね。いろんなものが増えるし変わるよ」
「?」
「誰かといっしょに暮らすとはそういうことだ……今まで自分の生活には無かったもの見慣れないものが増える。その存在をあたりまえに思えること。変化の過程を楽しめること。それをクリアできれば問題ないよ」
「……」
「夕べの同棲の話。覚えてない?」
「……覚えてますが。そんないいお話、おっしゃってましたっけ……?」
「プライベートの酒の席では真面目な話はしないんだ。……まぁ俺が言いたいのはそれだけだな」

俺の彼女は自分のスタイルをあまり変えられないタイプのように思える。
新しい環境をすんなり受け入れられない気持ちはわからなくない。
転職したての自分がそうだったから。
でも、いつまでもこのままではいられないこともわかっているはず。
まだ決定打がないだけなんだ。

「……俺たちは足して2で割るとちょうどいいんだと思います」
「大体どこのカップルもそんなもんじゃないの」
と穏やかに笑うCEO。大人の男だな。
俺はこの境地にいつになったらなれるんだろう。
「……押してダメなら引いてみる、でしたっけ」
「うん。なんでも試してみたらいいと思うよ。ダメなら諦めるのも選択のひとつだね」
「……冗談じゃない。俺は諦めが悪いんですよ」
そう言うと今度は大きな声で笑われた。

奥様に非礼を侘びてから帰るつもりだったが「まだ時間をかかるかも」と言われ退散することにした。
マンションのエントランスまで見送ってくれそうだったので、
「お子さんたちをほっとけないでしょう。玄関で失礼しますよ」と固持した。
シューズクローゼットの上には写真がいっぱい飾られていて家族の仲睦まじさがよくわかる。

「?」
その中に外国人らしき女性の写真があった。
むき出した肩に手をやり憂いを帯びたその表情は圧倒的に目を引いた。素人とは思えない。
「これ、お母さまの写真ですよね」
母親が昔モデルをやっていたというから多分それだろう。顔が似ている。

「……どれのこと………はぁっ!?」
「きれいな人ですね。ほんとはセミヌードなのかな、トリミングしてるみたいだけど」
「……いつに間にこんな真似を……気がつかなかった」
「……?」
「……あのポスターを加工したんだな……玄関にも置いたのか……あいつめ……」
「?」
「とりあえずきみは帰りなさい」
「えっ」
「それじゃまた!」

唐突に放り出されてあ然としたが、気を取り直してエレベーターに乗った。
あのCEOが慌てるなんて……一体何だったんだろう。
あいつめ、って奥さんのことだよな?
しばらく考えていたが答えは出そうもない。まぁ、夫婦の間にもいろいろあるってことなんだろう。
……そうか。それなら俺みたいな青二才があたふたしたって別に問題ないじゃないか。
素直にそう思えた。

ロビーを通り抜けエントランスから外に出る。
休日の都会の朝は人通りもまばらで平日の喧騒が嘘のようだ。
地上から見上げた青空はビルの形にジグザグに切り取られていて、タワマンの高層階から見たものとはまるで違う。
けれど、今の俺の目には十分爽快に映った。

(了)