Tunaboni CollectionsはオリジナルドラマCDのレーベルです。

【夏が来る前に】

「ファム・ファタールVol.1覚醒」アフター・ショート・ストーリー




とある日曜日、俺たち3人は渋谷にやってきた。
昼日中に3人で連れ立っているのは珍しい事案なわけで。これには理由があった。



「だからさ、バイト代が結構入ったんだってば。何か買ってやるって言ってんの」
心理学の授業が終わって間もなく、帰り支度をしている時に彼女に切り出した。
これは澤田への対抗心でもある。
彼女の持ち物(スポンサーは澤田)を総取り替えしてやろうという地道な野望の第一歩だ。

『加持くんがそばにいてくれるだけで嬉しいよ』と言われ有頂天になっていると、まだ教壇に残っていた澤田が『完璧な返し。さすが私の教え子』とつぶやいた。
……おっさん、聞こえてるぞ!
「あのね、もう俺のことはタラさなくていいの。本音はどーなの?」
-本心だもの……でも強いて言えば夏服が欲しいかな
「わかった。プレゼントする。俺、見たててやるよ」
俺がそう勢いこんだところに、眉間にシワをよせた澤田が小走りで近づいてきた。
「加持くん待ちなさい。きみのセンスには若干問題がある」

「は?どこに問題があんの?」
しかめ面のまま、澤田がなおも続ける。
「品性がない。破壊衝動もあるよね? 服、破くの好きだし。ああいうパンクなのは頂けない」
「……たった一度のことをいつまでもネチネチ……」
「ダメージジーンズなども論外。『私の作品』があんな服を着るなんて冗談じゃない」
出たよ、『私の作品』呼ばわり。
「今の一言でジーンズメーカーを敵に回したぞ。俺はこいつを理解してるんでご心配なく。カンッペキなコーディネイトにしてやるよ」
「この子の本質はすっかり変容してるので、そこをお忘れなく。というより。……私も加わりたいな」
「はぁーーー?」

「うん、そうしよう。私も服を見たててあげる。どちらが好みなのかはきみが決めるといい」
と、いやらしい指でおまえの顎を持ち上げる。
「触んな!顎クイッは俺の専売だから!」
「いいよね?私も混ぜて欲しい」
困った顔をしたおまえがうなずくのを見て、俺はまたもムカムカが募る。
「なんで断れないのー!?」
-先生には逆らえないよ……ごめんね。加持くんならわかってくれると思ってる……
おまえの上目使いにヤラれた俺は「お、おう……」と返事をするしかなかったのだった。



そして今、渋谷の複合商業ビルの前に3人でいるわけで。
実はここに来るまでにも一悶着あった。
どう考えても財布の中身に差がありすぎるので、俺が予算を決めたのだ。
「よんま……5万円で全身コーディネイトしよう」
「5万じゃスカーフくらいしか買えないじゃないか」
「……勝負するのは財力じゃなくてセンス!澤田さん、中にいろんなテナントが入ってるから。1時間もありゃいいだろ」
ぶつくさ言う澤田と俺を交互に見ていたおまえは「私はどうするの?」と聞いてくる。
「おまえはカフェかどこかで待ってろ。どっちかに付くと不公平だから」
-試着はしなくていいの?サイズとか大丈夫かな

「おまえのサイズは全部わかってるから」
「きみのサイズで知らないところはない」
同時に発した俺たちの言葉におまえは盛大に吹き出した。

エスカレーターに乗りながら俺はプランを練った。
(絶対に澤田は大人っぽいので攻めてくる。自分の趣味を優先するからな)
俺的テーマは【夏のお出かけ】だ。
真夏の日差しの下でも緑生い茂る高原でも生える涼やかなイメージ……とすると白がいい。
スクエアな襟元でノースリーブ、くしゅくしゅ感のあるコットンの膝丈ワンピースを見つけた。これが第一候補。
サンダルはあえてぺたんこのグラディエーターで若さと軽快さをアピール。
(やばい、予算がきつい。帽子は……無理かなぁ)
澤田とは何軒かの店ですれ違った。
ショップスタッフからアドバイスされている姿を見た。おっさんなりに努力してるようだ。

待ち合わせに指定されたカフェに向かう。
オープンテラスに座るおまえに、見知らぬ男が話しかけているのが遠目でもわかった。
『ナンパされてる?』とラインを送ると『そうみたい』と返ってくる。
……ホントーッに油断ならねぇ。
「待った?」
と、ことさら大きな声をかけ、ナンパ男を撃退する。
「よさそーなの見つけた。見てみる?」
ショップバッグを開けて中身を取り出す。
「ワンピ、とサンダル……と。こんだけじゃ胸元がさびしいからブローチ。ほんとは帽子も買いたかったんだけどね」
コットンで出来たひまわりのブローチを掌に乗せてやると『可愛い!』とおまえが相好を崩す。
これ。この顔が見たかったんだ。

ニヤついている間もなく澤田もやってきたが、どうも様子がおかしい。
テーブルの上の俺の戦利品を見て「嘘だ」とつぶやいている。
「負けたと思ったろ?」
「ちがう。見てみなさい」
同じショップバッグから取り出したのは俺がチョイスしたワンピース。
「私と加持くんのセンスが同じだなんて……なんということだ……」
靴は白いオープントウのエスパドリーユでややヒールが高めのウェッジソールだった。
(やばかった。これも候補だったんだ。ブローチが買えなくなるからやめたんだよ)
-嬉しい……ふたりが選んでくれたものが同じなんて
ふたつのワンピースを愛おしげに撫でるおまえ。

「今の俺達にはその感想は虚しいんだよ」
「全くだ。同じものがふたつあってもしょうがない。交換してこよう」
と、立ち上がりかけた澤田をおまえが引き止める。
-いいんです。両方いただきたいんです。ふたりの気持ちが嬉しいんです
本心からの言葉に澤田が愛しさをにじませた目線を送る。
……また振り出し。いつまで経っても差がつかない。終わらないデッドレース。
「あ」
ブローチ。俺にはブローチがある!これが差分だ!

「澤田さん、これだけじゃ胸元がさびしいと思わなかった?俺はこの可愛いひまわりのブローチも買ったんだよねぇ」
俺の嫌味に澤田は「そんなことはわかってる」とまた別の袋を取り出す。
「初めて100円ショップというものを覗いた。噂どおりほとんどの品が100円なんだ!あれで儲けは出るのだろうか?信じられないよ」
百均の袋から現れたのは紫色のショールだった。

「これは300円だった。安っぽい化繊だけど色合いは悪くない。ジョークのつもりで巻いてみたらいいね」
白のワンピースの上に乗せたそれは確かに300円には見えなかった。
「とても楽しい店だった。また時間を作って行ってみようと思う!キッチン用品などがふんだんにあってね、あ、文房具も変わったものがね、」
興奮気味に語り続ける澤田に、おまえの忍び笑いが止まらない。

俺はため息をつく。ホントずるいよなー。
計算高くない時のこのおっさんはなんてゆーか……ガキみたいなんだ。
おまえが言うことを聞いてやりたくなる気持ちがわかっちまう。
……まぁいいか。
歪んでるけど、この関係はそんなに悪くない(のかも)
見上げた渋谷の空は快晴で、白いワンピースを着たおまえとのわくわくする夏を予感させた。

※今回のお買い物の内訳
加持:ワンピース(29800円)+サンダル(15800円)+ブローチ(1500円)=47100円(税込50868円)
澤田:ワンピース(29800円)+エスパドリーユ(19800円)+ショール(300円)=49900円(税込53892円)

(了)