Tunaboni CollectionsはオリジナルドラマCDのレーベルです。

【Bon voyage(ボン・ボヤージュ)】

KIRA・KIRAシリーズ心月編「クリスマス・ショートストーリー」




数週間前、心月さんからクリスマス・イヴの予定を聞かれて、おやと思った。
どうやら彼の方に予定があるらしい。
「社長にやられた……わざとこの日に重役忘年会を入れられたよ。他の連中は今更家族や恋人とイヴを祝うなんて年齢じゃないからね」
さすがにこれ以上の不興は買いたくないということだろう、すまなそうな顔をする。
そうか……恋人と過ごすクリスマス・イヴは無しか。まぁしょうがない。
「いい機会ですよ。社長と和解する方向に持っていってくださいね」
片手を上げて、承知した、と神妙に誓う彼。心月さん頑張って。

「で、その埋め合わせといってはなんだけど。来週の金曜に有休を取ってくれないかな。泊りがけで出かけたい」
「?一泊?」
「そうだね」
「どこに行くんでしょう」
それはナイショ、と片目をつぶる彼。
それまで何故か外泊デートはしたことが無かった(ん?視察旅行はカウントしないよね?)
いたずらっぽい顔で笑う彼を見て何か仕掛けがあるのはわかる。
楽しみなような怖いような……やっぱり楽しみだな。

そして当日。
迎えに来た彼は車のトランクを開けて私の荷物を積み込んだ。中を覗くとやけに彼のスーツケースが大きい。
一泊だと聞いたから私のバッグはコンパクトだ。まさか……海外?いや、パスポートを持ってきてとは言われてないし?
「かさばる服が入ってるからね。じゃあ乗って」
助手席で首をひねる私を見てまた愉快そうに笑う。
かさばる服……あれかな。サンタクロースのコスチューム。時期的にその考えが浮かんだ。

想像してみる。深夜、サンタコスをして私の枕元にプレゼントを置いている心月さん。
ちょっと笑っちゃうな。寝たふりするのは難しそうだし……っていうか普通にキビシイぞ?
「ぷっ(笑)……何考えてるの。笑ったり困ったり忙しいね」
「質問していいですか?」
「どうぞ」
「そのかさばる服って赤い色?」
「?違うよ。赤い方がよかったのかな。黒だよ」
どうやらサンタではないらしい。そうこうするうちに都内を抜けて神奈川に入っていく。

車は山下公園の目の前にあるクラシックホテルのそばの駐車場に停まった。
「すごい……素敵ですねぇ……ここに泊まるんでしょうか?」
「残念だけどちがうな。さてと、荷物を出そう」
ちがうんだ。確かに彼はフロントではなく中のカフェに向かっていく。
「いい時間だからお昼にしよう。このカフェはプリンアラモード発祥の地なんだって」
そうか。ここに泊まるものだと思い込んで図々しいこと言っちゃった。反省。

流石に老舗のホテルだけあってスタッフの接客が素晴らしい。
グラタンもプリンもしっかりした味でとても美味しかった。
「まだ早いからその辺を散策しようか。中華街に行ってもいいし。散策中、荷物はフロントに預かってもらおうかな」
今から車で移動するつもりはないということか。
ますます謎が深まる。じゃあどこに泊まるんだろう。
探偵わたし、詰んだ。もうあとは心月さんとのデートを楽しむだけにしよう。

中華街や山下公園をひとしきりぶらつく。
楽しい反面、ビジュアルが良すぎる彼には周囲の注目が集まるので、そばにいる私はとても面映い。
「……やたらと私たち見られてますね……」
「そう?きみが可愛いからかな」
「ナイ。それはナイ」
「あるよ。他の男に見られないようにしよう」と私を隠すように胸元に抱いた。
恥ずか死ねるとはこのことだ。罪な人だなぁ。
「お。そろそろ大さん橋に行かなきゃ。荷物を受けだしたらタクシーで行くよ」
「大さん橋?遠いんですか?」
「まぁ歩ける距離だけど、荷物が邪魔だとイチャイチャできない。それは避けたいね」
「……タクシーでイチャイチャ、ですか?」
「うん。するかもね」

タクシーは大さん橋に到着した。運転手がげんなりしてるように見えたのは気の所為じゃないと思う。
さん橋の右岸には豪華客船「飛鳥(あすか)Ⅱ」が停泊していた。年に数回しか停泊しないそうで船マニアの人たちが盛んにシャッターを切っている。
「すごい……こんなに大きいんですね。これが豪華客船なんだ……」
「ね、かっこいいね。俺も飛鳥には初めて乗る」
「え?」
「もう乗船の受付が始まってるみたいだから並ぼうか」
え?え?
「あの、ちょっと待って、船に乗るなんて聞いてませんけど!?」
「言ってないもん」
「だって、一泊旅行って……あ!もしかして飛鳥に泊まるんですか!?」
「そうだよ」
「うっそー!」

頭を混乱させたまま船のクルーたちに誘導されて乗船する。
到着デッキには素晴らしいクリスマスツリーが飾られていたし、生のバンド演奏も奏でられていたのだが、それを堪能する気持ちの余裕もなく。

「……気に入らなかった?飛鳥ワンナイトクルーズ、悪くないと思うけど。……見てごらん、さん橋が遠ざかっていくよ」
バルコニーとの間のカーテンを開けてご満悦な彼。
「……気に入らないわけじゃなくて……どうして言ってくれなかったんですか」
「だって、予約が取れるかどうかギリギリまで確定できなかったし」
「取れた時に言ってくれれば……ちゃんとした服を持ってきてないです。ディナーはカジュアルNGなんでしょう?」
「……ああ、きみの服か。フォーマルなドレスを買いに行くつもりだけど?」
「………買う!?」
「豪華客船にはドレスショップがあるものだから。買い物がてらぐるっと探検してみようか」
出会いから彼にはドキドキさせられっぱなしであることを思い出す。
感覚が違いすぎます……神様、平民の私にどうしてこんな彼ができてしまったのでしょうか。

それで探検?をしたのだが、船内の施設はとても充実していて、またも驚かされた。
「カジノがある!」
「あるよ。換金はできないけど」
「シガーバー……」
「喫煙ルームだね。この手の船だとたぶん葉巻を売ってるはずだ。試してみる?」
「……いえ、いいです」

何よりも旅客の服装が気になっていたのだが、今の自分との差異はさほど無いことがわかった。
「そういうものだよ。乗船中ずっとフォーマルじゃ疲れるだろ。長旅だとスポーツウェアで過ごす人も多い。……あ、これなんかどう?」
彼が選んだドレスは私の好みの品だったが、果たして?
恐る恐る値札を見ようとしたが「無粋なことはしないの」と制止されてしまう。
「自分の彼女がキラキラしてる姿が見たいだけなんだよ。……だから付き合ってくれるだけでありがたい」
困ったようなはにかんだような表情で彼の本心を悟った。そうか……そうだった。

私のためとは言わない人。自分のエゴだと言う人。
でも、その純度の高い信念は人を高めて輝かせる物だと思う。ルッチキーオのユーザーも彼の信念で増えていった。
私も彼に出会う前の自分に戻ろうとは思わない。多分、今の私の方が以前よりキラキラしてると思うから。

買い物を終えて船室に戻ると私は言うべきことを告げた。
「ごめんなさい、私、嬉しいんです。クルーズもドレスも」
「うん」
「サプライズをプランしてくれたのに、素直に喜ぶだけでよかったのに、『どうして』とか『嘘』とか驚くばかりで……すごく失礼でした」
「そんなことはない」
心月さんはひそやかに否定する。
「……きみのその感覚がいつも俺の暴走を諌めてくれている。不快になんか思わない。それにこうやって俺に寄り添おうとしてくれる」
「……そう言ってもらえると……」
年が離れているのにこんなにも尊重してくれる。こんな人、他にいるわけがないよ。
「……今、言うべきだな。……ディナーのあとで言おうと思ってたけど今が一番心が近い」
そして、膝を床について私を見上げた。

「……きみは俺にとって唯一無二の人なんだ。だから……結婚してくれないか」
緊張したまなざしだった。今まで見たことがないほどに真剣な。
だから私もきちんと答えようとしたのだけど……なぜか出たのはこんな言葉で。
「……ハイかイエスのニ択で答えますね……どっちにしましょうか?」
「え」
心月さん、私、すっごくあなたに影響を受けてるみたいですよ。

その後、ドレスに着替えた私を見て、ほぅ……と彼がため息をついた。
「よく似合う。最高だ」
そんなことを言う彼こそブラックフォーマルがばっちり決まっていて(どこのハリウッド俳優ですか)と思う。
そして、スーツのポケットからエンゲージリングを取り出して私の左薬指にはめていく。
「これで、婚約者殿はますますキラキラしたね」と頬にキスをする彼。
私を必要として愛してくれる人が、こんなに喜んでくれるのが嬉しい。
そこにディナーの開始時刻を告げる船内アナウンスが流れた。

「時間になったね。婚約者殿、ディナーを堪能しに行こう」
「はい、楽しみです」

腕を組んで歩く廊下の窓越しにライティングされたベイブリッジが映っている。
その下を飛鳥Ⅱは悠然とくぐり沖へと進む。
きっとこの船は幾万人もの人生の折々を見届けてきたんだろうな。
私たちもそのうちの二人なのだと思うと胸が熱くなった。
足を止めた私にやさしいまなざしで心月さんが「ほら、進もう」と促す。
やがて街の夜景は燦然と輝きながらゆっくりと後方に移動していった。

(了)