Tunaboni CollectionsはオリジナルドラマCDのレーベルです。

【ロマンチックの源流】

「mariage-マリアージュ-Vol.2樋口涼編」ショートストーリー




クライアントとの打ち合わせが思いの外早く終わってしまった。
込み入った案件だったので、勉強のために嫁を同席させていたのだが、担当者に『樋口さん、奥さん見せびらかしに来たの?』と冷やかされたのは参った。
……まぁ、完全には否定できなかったり。

平日の午後の繁華街。
「会社にまっすぐ戻ってもつまらんな。デパートを視察、そんでデパ地下でデリ買って家に直帰。ワインと一緒にやっつける。どうよ」
-朝作ってきたおかずがあります、勿体ないです
「おまえなー。たまには手を抜けよ」
歩きながら相談していた矢先にシネマコンプレックスのビルが見えてきた。
(映画デートという手もあるな)と思ったが、恋人時代同様に計画性が無いのはどんなもん?としばし迷った。
が、嫁の目が一枚の映画のポスターに釘付けなのを見て迷いが消える。

「これ、見よう」
-え、いいんですか?
「お好みど真ん中そうだし。いい感じで時間も合うみたいだし」
-涼さん、ミュージカル映画ですよ……?大丈夫?
「む?それはどういう意味かな?」
俺はおまえのひよこ口が見られればいいんだよ。
「アニメはガキの時にDVDで見た気がするんだけどイマイチ覚えてない。これ実写だろ?CGがカッコよさそう。見たい。見ようぜ」
『ホントに?』と不審げな嫁をビルの中に押し込んだ。

結論から言うと映画は俺自身も楽しめた。
パンフレットとサントラCDを嫁に買ってやり、そのまま帰途に着く。
嫁は道すがらいろいろと解説してくれた。
いわく、原作ではヒロインは一人っ子ではなく兄3人姉2人がいるということ。
お父さんは発明家ではなく商人であること。などなど。

-野獣の俳優さん、目が綺麗でしたね
電車の中、パンフをひろげながら嬉しそうに語る。
「本当にロマンチック好きだよな。何がきっかけ?」
俺の質問にうーん?と首をひねって考え込んだ。
-気がついたらそうでしたね……母の読み聞かせのせいかも
自分で読めるようになってからは原作にも手を出したとのこと。中には恐ろしい結末のお伽噺も多いらしい。

「聞いたことがあるな。グリム童話は特に残酷だとか」
-そうなんです……悪者への報復がひどい……ちょっと辛い
眉を曇らせ+悲しげに+首を横に振る。
ああ、マジで辛そう。可愛い。
『なんでこいつはこんなに表情が豊かなの?』と常々思っていたが、幼い頃の情操教育が行き届いていたせいかもしれない。
嫁のお母さんありがとう。
こんなに可愛くしてくれてありがとう。

家に着いて夕食を済ませリビングでくつろぐ。
「おいでー」
と召喚するのは例によって膝の上だ。
新しいソファは毎夜の2人分の加重に耐えられるのか?少し心配だ。
まだどこかほわほわ顔なのは、映画の余韻なのかもしれない。
なので、つついてみたくなった。
「ちなみにおまえが一番好きな童話って何?」
-う~ん……からかわれそうだから嫌だな
「いいから。言ってみ」
-嫌です
「……待てよ……たぶん……アレだ」

ドレスショップで散々悩んでたアレ。
『これは私の体型には似合わない……』と一度は立ち去り、他のものを見てはまた戻る、を繰り返していたマーメイドライン。
着るだけ着てみろ、と試着させたが俺は変には思わなかった。
ショップの人から『ピッタリにお直ししますよ』と一押しされても、らしくもなく即決を渋っていたのだが。
(ちなみにその後は『どれも全部似合うぞ!』と力説し『お願いだから黙ってて』と釘を刺されたので口を出せなくなった)
数日後、直されたドレスを試着しに行った嫁から『大丈夫かもです』とラインをもらい『良かったね』と返信した。

「……人魚姫だろ?」
-うっ!
図星だったらしい。みるみるうちに顔が赤くなる。
「人魚姫よ。おまえが私の命を助けてくれたのだね」
-涼さん、やめて、死にそう……
「なんだよ。こういうの大好きなくせに」
もういいから、とまた映画のパンフを読み始めた嫁の耳たぶは赤いままだ。
効果がありすぎるだろう。楽しいけど。

「それさ、王子に戻る前の野獣の姿もかっこいいと思う?」
俺の膝の上で身をよじり、うんうんと激しくうなずく嫁。
-むしろ野獣のままでいて欲しいんです!
「あー、女ってわっかんねぇな~!王子様がいいって言ったり野獣がいいって言ったり」
どうせならもう一押ししてやりたい。

「な」
とパンフを取り上げてテーブルに放る。
「俺、人間だけど、今から野獣になっちゃうかも」
そう囁いてぐいっと脇に手を入れ立ち上がらせる。
そして、そのまま「よいしょ」とかつぎ上げた。

俺を上から見下ろす嫁の困り顔をしばし堪能する。
やっぱり見飽きない。本当に。
-やじゅう、って……いつもよりやじゅう……?
「ガオー?野獣ナノデ、人間ノ言葉、ワカリマセーン」
美味しい獲物をしとめた俺は意気揚々と寝室へ向かった。

(了)